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2011年3月

震災から2週間、どうしていますか

11日の震災から2週間経ちます。皆様どのようにお過ごしですか。先日、知人から以下のようなメールを頂きました。
震災以降ほとんど家にこもりきりなので、身体的には疲れているはずはないのですがTVから流れ出る「被災地ネガティブ情報」に、”やられ ちゃった”感じです。「それが危ない」というメール情報で、TVはすぐ切りましたが。という内容でした。
そう、私たちは、心を痛め、不安になるような起きてはならない現実と向かい合っています。知らず知らず緊張して気持ちが萎縮しているのかもしれません。もう、ACは見たくない。ウンザリします。フツーのおばかなCMも懐かしい。金子みすゞも、あまり使いすぎないでほしい、と思うのは私だけかな。


去年のけふは今ごろは、私は積木をしてました。積木の城はがらがらと、見るまに崩れて散りました。
去年のけふの、夕方は、芝生のうへに居りました。黒い火事雲こはいけど、母さんお瞳(め)がありました。
去年のけふが暮れてから、せんのお家は焼けました。あの日届いた洋服も、積木の城も焼けました。
去年のけふの夜更けて、火の色映る雲の間に、しろい月かげ見たときも、母さん抱いててくれました。
お衣(べべ)もみんなあたらしい、お家もとうに建ったけど、あの日の母さんかへらない。
今年はさびしくなりました。

これは、「去年のけふー大震記念日にー」という金子みすゞの詩です。

私は仕事柄、いわゆる専門書やビジネス書などの「読まなければいけない」本を日常的に読みます。新しい知に触れ、学ぶことができ刺激を受け、うまく仕事に役立てています。しかし、それと「読みたい本」は別です。
本棚には、金子みすゞ、尾形亀之助、室生犀星、金子光晴、中原中也、それと大好きな辻まこと、最近では新川和江さんの詩集など、いつも手に取れる場所にあってそれだけで安心します。

詩集を手にしたい、というのはエネルギー全開で「いくぞ!」という時ではありません。煩わしさ、重苦しく、なんとも悩ましいときです。がんばりたくてもがんばれないときです。そんな時に詩集を手にして、どこのページでもかまわずに一編を読みます。何も注釈を加えずにただ感じるままの自分としばらく一緒にいます。しばらくすると何かが変わっていきます。
自分と向かい合いつながる時間を持つこと、自分とのコミュニケーションを大事にしてください。

写真は我が家の防災グッズの一部です。ヘルメットは登山用。穂高の岩や夏の沢登りが懐かしい。
ヘルメット、ザイル、シュラーフ、コッフェル(今でも言うのかな?)を使うような事態にはなりたく
ないなぁ。
24m


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温かな気持ちを言葉に

地震の発生時に皆様はどちらにいましたか。
ご無事であればと思います。

私は福井に向かう新幹線の中でした。
新横浜の手前、鶴見川にかかる鉄橋で緊急停車。
停電。車内のアナウンスで、停電なのでトイレの水は
流れない、自販機は使えないなどと言われました。

長時間閉じ込められると覚悟しても弁当はすぐに
売り切れ、ピーナッツを確保したものの、さすがに
ビールは飲めません。その後、数時間もその場にいました。

持参のPCからインターネットで情報を得たり、携帯の
ワンセグ放送で事態を把握していましたが、大津波警報
が出ているのに川の上にいるのは、正直、穏やかな気分
ではありませんでした。
川には、はっきり津波とわかる波が川上に上っていくのが
見えその後、水位が上がっていきました。

東京を出てから9時間かかって、名古屋には11時半ぐらいに着きました。
しかし、ここからホテル探しがまたタイヘン。どこも断れ、いいかげんメゲた
のですが、ネバーギブアップです。
あきらめない結果、ホテルも奇跡的に予約でき、ヘトヘトになりながらチェックイン。
数十年も前の東京大空襲を生きのびた母親の息子だね、と母に感謝しながらベッドに入りました。

写真は我が部屋の状況です。家にいた嫁と連絡が取れずに心配していましたが、
互いの無事を確認しあうと「タイヘンなことになっているよ」との話でしたので、「そのままにしておいて」と伝えました。
まぁ、原稿やら論文やら書き物をしている時は、部屋中に資料、参考文献、ファイルが散乱しているので普段と変わらないかもしれませんが、それにしても東京の震度5強は凄い。

別の写真は新幹線ひかりの座席から撮った鶴見川です。コンクリートのウエートが上下だけじゃなく、左右に大きく揺れ、鶴見川にポロロッカ現象か、と思うような逆流を眼にして「やばい」と思いました。

幸いグリーン車に乗車していたので、イヤホンでNHKラジオが聞け携帯のワンセグや、PCからインターネット画像でも事態を把握できていました。
車内の乗客も概ね冷静で、乗り換えたのぞみの車内もあきらめではなく、落ち着きがありました。これが私たち日本人の良いところでもあります。

それにしても首相、官房長官たちの言語力のおそまつさ。この地震は東北の被災地だけの話じゃなくて、まさに日本の国難なのに、真実を伝える誠実さや勇気、思いやりや温かさなどの共感性(ラポールトーク)を全く感じません。機械的でなく、もっと話言葉で語りかけてほしいものです。
最低限、何が起きているのか、という事実を伝えるレポートトークすらできていない。それを聞いている記者たちからの質問もお粗末のかぎりです。

皆さんは次の歌詞を知っていますか。

そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて
 そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで
そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため
 
なにが君の しあわせ
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
 こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ
 どこまでも
そうだ おそれないで
 みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため
時は はやく すぎる
 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで
そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

この歌も「手のひらを太陽に」と同じ作詞者やなせ たかしさんです。
避難所にいる子供たちに動画とともに聴かせてあげたいし、日本中のオトナたちの心にも届けたい応援歌です。
頑張っているぞ、日本!
Photo


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