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2009年7月

誕生の記憶

昨夜は白金台の一軒家を改造したレストランで

誕生日を祝ってもらいました。

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我がオフィスのすぐ近くなのにステキなお店があるとは。

夜遊びをしないので昼間とは違う街の趣も新鮮でした。

まぁ、ちょっとだけお洒落をして

ジャケットとそれに合うシャツを新調しました(イトーヨーカ堂)

いつも事務所に行くカッコウとは大違いです。

オーナーに迎えられギャルソンの

控えめながらも細やかなサービスはプロのおもてなし。

ここならお客様をお連れしても安心だな、とちょっとビジネスモードになりながら、

旬の食材とおすすめのワインに気持ちよく酔いました。

さほど酔ってはいませんでしたが彼女に話したのは

私の誕生の時の記憶です。

私は東京の下町で元気に産声を上げました。

記憶では体がまるーくなっていき

少し苦しかったのかきゅうくつだった体験があって、

まもなく解放されたかのような気持ちになりました。

あ、生まれた、と思いました。

始めて見たものは透明感のある柔らかで

温かみのある美しい黄色でした。

それと美しい女性の横顔、顔といってもあごから首までの部分です。

数十年も後に私を産んだ母に尋ねて確認できたことは、

美しい黄色は朝の光を受けていたカーテンであり、

美しい女性の横顔は母のお産の手助けにきていた当

時二十歳ぐらいのおばさん(母の妹)であることがわかりました。

驚きでしょ。

産まれて始めて見たものに何かメッセージがあり意味があるのなら、

これから私が生きていく世界は、

透明感があって温かみのある美しい世界である、

そういう世界にようこそ。

Happy Birthday

ウエルカムされているということになるのでしょう。

あなたはそういう自己契約をして産まれてきたのかもしれませんね。

と、もう4半世紀も前に心理学の博士号を持つ米国人に

優しい眼差しで言われたことを昨夜、改めて思い出しました。

振り返ってみれば人生はバラ色ではないのに

トゲだけはやたら沢山用意されていて、

辛いことも悲しいことも理不尽なこともイヤになるほど沢山ある。

それでも生きいくことにも意味がある。あるはず。

だれかの喜ぶ顔を見ていくのは楽しい。

人の成長に僅かでもなにがしかの役に立てるなら

それで充分な価値がある。がんばれ!

先週は来月から九州でスタートする次世代リーダー養成塾の

神奈川県代表の送り出しをしました。

養成塾の講師陣は、前の駐日大使のシーファーさん、

マレーシアのマハティールさん、一橋大学の竹内弘高さん、

日本画家の千住博さんなど内外で活躍しているみなさんを招いています。

今年で5期目。今回は第1期のOBが参加してくれました。

一皮も二皮も向けて逞しくなっていたのには、ちょっと感動。嬉しいものです。

今週は三重、大阪と関西へ。

うどん、バッテラ、ハモ、松坂牛?どうかなぁ。仕事優先。

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雨が降り止みません

明日は日食です。

東京では午前11時13分ぐらいとか。

70%の部分日食が見られるそうです。

真昼に突然、太陽が欠けて暗闇になるなんて

天文学の知識もなかった大昔なら、それはビックリしたでしょうね。

何日も前からこの日のこの時間にはこんなことが起きますよ、

とアナウンスされていれば、めったにお目にかかれない天体ショーである

日食を楽しみに待つこともできます。

ところが私たちの人生にはなんの前触れもなくある日突然、

暗闇に陥るようなことも起きます。

日食なら数分もあれば再び光りが射すのに、

いつまでも光が見えないと思えることも起きます。

悲しくてやりきれなくて、どうしようもないことと分かっていても、

いやわかっているからこそ辛くて、

あまりのことに誰かに打ち明けることすらできなくなる。

そんな自分がまた情けなかったり許せない。

萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)の詩のように

〝月に吠える〟ことも〝鉄路の果てに迷いきて 破れるまでに嘆く

こともできずに震えながら心をふさいでいる。

悲しみから心をふさいでしまえば光も見えず、呼びかける声も届きません。

大きな悲しみのさなかでは残念なことに誰もその悲しみを癒すことができない。

その人を思いやっていても周りの人は何もできない。

どのような言葉も彼を癒さないことを知っています。

大きな悲しみは時間というフィルターで

ゆっくり、ゆっくり濾しとっていくしかないかもしれない。

そう思うことがまた悲しい。

この涙がせめて彼の気持ちに寄り添うことにつながるのなら、

と思いながら一緒に泣いてくれているように雨が降り止まない。

でも明日は晴れて美しいダイヤモンドリングを楽しみにしている子供たちと、

かつて子供だった人たちに見せてあげてほしい。

2日前に見えた虹です。

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昨夜、若くして天国に旅立ったTさんの娘さんも

このような虹の橋を昇っていったのでしょう。

心よりご冥福をお祈りします。

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言うてわからん奴は体で

インターネットの記事で見出しは

〝「言うてわからん奴は体で」自転車女子高生を車ではねる

を読んで思わず笑ってしまいました。

その記事によると、逮捕された41歳の男は

「高校生の自転車のマナーの悪さに腹が立って」

女子高生に車をぶつけて水田に転落させけがをさせた、ということでした。

このオッサン、「言ってわからんやつは体で教えたらなあかんと思った」

などと供述しているそうで殺意は否認しているといいます。

正直な気持ちを言うとオッサンの気持ちはわかる(暴力行為はいけません)。

まぁホントに行儀の悪い自転車はどこの地域にもいますね。

車線を逆走したり、携帯に夢中で前を歩く歩行者にぶつけたり、

雨の日に傘をさして前が見えないまま走ったり、

とんでもない人がいるのは事実で「焼きを入れたく」なることもあります。

このオッサン、日頃からは腹を立てていたのでしょうね。

正義感が強いのか、お灸を据えてやろうぐらいの気持ちで田んぼに落としたのでしょう。

だから殺意なんてものはなかったでしょう。

そんな気持ちが想像できるので思わず笑ってしまいました。

しかし、いけません。

(私の心の声)

オッサンよ。41歳のいい大人がガキにタイマン張ってどうするんだ。

しかも15歳の女の子っていうじゃねぇか。

相手は自転車でそっちが車じゃハナっから勝負にならねぇだろうが。

「言うてわからん奴は体で」って言ってるらしいけどよ、

お前さん、自分も車からおりて、ガキどもと向かい合って

じっくり話しをしてそのくそガキにきちっと了見させたか。

たぶん車に乗ったまま、怒鳴り声で何か言ったぐれいか。

そしてガキがあんたに生意気に言い返して、ってところじゃねぇか。どうだい?

あんたまで同じレベルのガキになってどうするんだよ。ったく…。

(東京の下町育ちなので心の声を文字に表すと上記のようになってしまいます)

身体」で覚える、身体性というのは本当に大事なことです。

しかし、このオッサンのように「言うてわからん」相手に「体で」と言う場合、

この「体」イコール暴力、体罰と短絡的に結びつけてしまう危険が

自分に潜んでいないか問い直してみましょう。

また「言うて」「わからん」と思っていますが、どれほど相手に言っているのか。

相手の行動が変わらないのであれば、それは分かるほどには「言って」ない、

と考えたほうが良いのです。

【人は同じ話しを6回聞いて、その話しの6割を理解する】と言われています。

暴力を使わずに問題解決を図る手段はコミュニケーション以外にはありません。

だから、しっかりコミュニケーション・スキルを学びましょう。

「身体で覚える」というのは繰り返し練習してスキルを身につけることを言うのです。

今日のレシピは、正義感に赤く燃えて「そりゃないぜ」と思ったあなたに、

真っ赤に熟れた冷たく爽やかな「トマトのカプレーゼ」と「トマトのデザート」。

とまどうぐらいに美味いトマト。

「トマトと豆腐のカプレーゼ」

材料:

木綿豆腐 

トマト

大葉

リーブオイル

黒コショウ

作り方:

1.豆腐は重しをのせて水を切っておきましょう。

2.トマト、豆腐、大葉をそれぞれ食べやすい大きさに切ります。

3.お皿に2を盛りつけオリーブオイル、塩、黒コショウをふって味を調えます。

*豆腐はよく水切りをしたほうが、このレシピだと美味くなります。

*豆腐のかわりにお好みのチーズでも、もちろん美味い。

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「白ワイントマトのデザート」

材料:

トマト(一人一個)

白ワイン(ドライよりも甘めのほうが砂糖を少なめにできる。もちろんドライでも)

レモンジュース 

砂糖

できればミントの葉(もちろんなくてもオーケー)

作り方:

1.トマトは皮をむきましょう。

(トマトの皮に十文字に包丁を入れ、熱湯に1〜2分つけ氷水につけると皮がむける。

 または十文字に包丁を入れて、ガスコンロで少しあぶって氷水でも皮はむける)

2.鍋に白ワイン(トマトが沈むぐらいの分量)と砂糖を入れて熱を加えシロップを作

  ります。沸騰したら火を止めてトマトを入れて、粗熱がとれるまで冷まします。

3.保存容器にトマトをシロップごと入れて冷蔵庫に。3時間ぐらい漬け込む。

 全体にしみこむように途中でトマトをひっくり返す、という手間を惜しまないこと。

*シロップの味をみてレモンジュースを加えても良いかな。

4.涼しげな器にトマトを入れ、シロップをかててミントの葉を添えてできあがり。

*飲み残しのワインがあれば良いけど、たいがいは飲みきってしまうでしょう。トマト

 を丸ごとではなく、小さくカットすると少ないワインでも同じ味になりますし、冷や

 す時間も短くできます。まるまるのほうが豪華な感じはしますが、そこは賢く!

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折り返し点

7月になりました。早いなぁ。

この月の25日はMy Birthday

アラフォーじゃなくアラカンだぁ!Oh My God!   

2009年の前半を過ぎて折り返し点です。

「もう、半分」「まだ、半分」なのかは人によって違うでしょうが、

あなたにとってこの半年間はどのようなものでしたか。

満足のいくものでしたか。

それとも納得がいかない「うーん」でしょうか。

成功や失敗、Good NewsBad NewsTry&Error

恍惚と絶望などなどあるでしょうね。

ふがいないサッカー日本代表や今一つ調子が上がらない西武ライオンズなど、

ご贔屓(ひいき)のチームの試合内容や勝敗に一喜一憂したり、しっかりして、

という悲鳴に近い喝を入れたりと、この半年の間にも様々なことがあったでしょう。

振り返りをしてみると良いですね。

 

人間関係においても相手の一言で心にさざ波が立ったり、嬉しかったり、

あるいはそんなつもりで言っていないのに葛藤、

対立をうまく処理できなくて悲しかったり、なさけなかったり、

自分の感情をもてあますようなこともあったのではないでしょうか。

この半年間に起きたあれこれを振り返ると、

またその時のシーンが浮かんで感情までもが再現されるかもしれせん。

すでに過去のことなので「それはそれ」と気持ちに折り合いをつけて

前に進めるようにうまく完了できたこともあるでしょう。

また、反対にすでに過去となっているのに、引きずっていたり、

割り切れなさに悩ましい思いを感じてしまい、

なかなか前に進めずそこに停滞している状態(未完了)の自分にも気づくはずです。

未完了の状態は自分に天晴れ(あっぱれ)とも言えず、

でも気持ちよく「喝っ!」とも言えない、

そう、まるで梅雨空のように鬱陶しくじめじめした、あの気分です。

イヤなものですね。

しかし、とにかくあんなこと、こんなことがありながら

今年も折り返し地点まできた自分を承認しましょう。

たいしたもんじゃないですか。

この年を完走するあなたが、とにかくゴールの半分まできました。

走ってきた人、競歩できた人、だれかを必死に背負ってきた人、

転びながら負傷しながらきた人。少し脇道にそれてしまったり後戻りした人。

以外と早くきた人もいれば、やっとの思いできた人もいるでしょう。

でも、ここまできました。

完了(Complete)ということがうまくできるようになると

人生の達人になれるかもしれませんが、

完了には承認(acknowledgment)がかかせません。

この年の折り返しに到達している自分に拍手を送りましょう。

そして、できればささやかなお祝いのセレモニーもしましょう。

私は4日に西村智実さんのコンサートに行きました。

良かったぁ。

東京芸術劇場の大ホールが満席になるほどの人気。

いや、かっこいい。

宝塚の男役よりも男前。腕も確か。

リストから始まってチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と交響曲第5番。

彼女のチャイコフスキーは何度でも聴きたい、と思いました。

このコンサートは充分、自分へのご褒美になりました。

人の評価で振り回されて悩み、心を痛める人は以外と多いのですが、

自分で自分のことを承認できるようになると、

あまりあてにならない人からの承認を求めなくなります。

でも、承認がほしい時には、承認してほしい人にどのような承認がほしいのか

はっきり口にして手に入れましょう。

例えば、我がサッカー日本代表に言いたいのは、

パスを横に回したりバックパスはもういいいから、

縦に速いカウンター攻撃を身につけてほしいものです。

本番まで一年を切っているのに…。

ベスト4よりワールドカップで確実にグループリーグを突破して、

常に世界でベスト16の常連に連なるような、

したたかでしなやかなチームでありたい。

(日本代表のサッカーに関してはなかなか完了できません)

西村智実さんのコンサートでのアンコールは、

チャイコフスキーの名曲「アンダンテ・カンタービレ」。

意味は「歩く速度で、歌うように」ということでしょう。

そう今年の後半は、

私も「歌うように」歩く速度でじっくり進んでいきたい、と思ったのでした。

誰だ「じいさんになって走れないからだろっ」て言っているのは?

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